五十嵐学の簡単プロフィール 

もう一つハードディスクから過去の講話の資料が出てきました。
五十嵐のプロフィールを書いた物ですが、かなりふざけています。
1988年 4月 某鉄工所(現在は消滅)のシステム開発会社に入社。
1888年 某月 東京で様々な遊びを覚え一人暮らしをエンジョイする。
1889年 10月 父親が脳梗塞で倒れ、新潟に戻る。
1993年 某月 家業(おもちゃの卸売業)を手伝うため上記システム開発会社を退職。
1993年 某月 ファミコン屋の店長として小学生の相手をする日々が続く。
1993年 某月 トイザラスが新潟に上陸。町のおもちゃ屋が消え始める。
1993年 某月 おもちゃ問屋の将来を悲観し会社を解散させる。
1993年 某月 某経理ソフトで有名な大手ソフト会社の子会社に就職するも、社長とそりが合わず2ヶ月で退職。
1994年 某月 就職先が見つからず、某鉄工所のシステム開発会社に契約社員として復帰。(当時の新潟事業所長に懇願、単身赴任だったので洗濯などをお手伝い)
1994年 某月 工場の新規立ち上げプロジェクトに参加。ビジネスコンサルティング会社の存在を知る。(コンサルティング会社は東大・京大卒のエリート揃い。東大卒も人間であることを学習)
1996年 1月 プロジェクトの終了とともに契約を切られ、再び無職に・・・
1996年 2月 なぜか土木コンサルティング会社にシステム担当として就職。(捨てる神あれば拾う神あり)
1997年 某月 平和な日々が続くが、とある日給料があまりにも安いことに気がつく。
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1997年 某月 当時、マスク処理ソフト「FLMASK」が大流行する。お金がないので、マスク処理ソフトをシェアウェアで販売することを思いつく。(同様のソフトなら作成できるのではないかと勘違い)
1998年 年末 約9ヶ月の歳月を費やしソフトをほぼ完成させる。しかしながら「FLMASK」の作者が逮捕され、作成したソフトの公開をあきらめる。
1999年 年頭 マスクソフトのエンジン部分を使用して作成した画像ビューアーが「窓の杜」に掲載される。(かなり天狗になる)
2000年 某月 3年ほどソフトウェアを作家もやるもお金が儲からないことを学習し、プログラムの権利を土木コンサルティング会社に売却。
2001年 2月 土木コンサルティング会社でグループウェアパッケージを作成。某コピー機メーカーを販社に販売を開始。
2001年 某月 新潟県の「ゆめわざもの支援補助金」を受けるも○○○メンターに玉砕される。
2002年 4月 グループウェアの不振の責任を感じ、土木コンサルティング会社を退職する。就職先がないので個人事業主に転身。
2002年 4月 中小企業振興公社主催の「新事業評価会」に参加するも○○○メンターに玉砕される。帰りの車の中で悔し泣きする)
2003年 6月 これを最後と決めITベンチャーを受けることを決意。1次プレゼンで○○○メンターに「何がやりたいの?」とのアドバイスを受ける
2003年 6月 創業準備オフィスの面接を受ける。□□□メンターに「お前は地に足がついていない」と言われ合格をあきらめるが、お情けで入居。
2003年 9月 ITベンチャーになぜか合格し、(有)エムエムソフトを設立。
※○○○メンター、□□□メンターは特定の個人名です。
こうやってみると、結構適当な人生を送っているのがわかります。
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